アスリートとしての「新しいわたし」へ
心理研究員 近藤みどり
妊娠・出産を通じて、身体と同時に心も大きく変化します。ただ、目に見える身体とは異なり、心の変化は捉えにくく、自分では気づかないことも多々あります。特に産後はホルモンバランスの変化に伴い、心が不安定になりやすい時期です。ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)では産後1カ月、3カ月、6カ月、そして12カ月に心の状態を測定し、カウンセリングを通じて競技復帰を目指すアスリートの心のサポートを実施しています。
産後、競技復帰を目指す過程は、アスリートとしての「新しいわたし」を作り上げていく過程と言うことができます。しかし、それは決して簡単な道のりではありません。まず、産後トレーニングを開始すると、妊娠前と比べて筋力や体力の低下を感じ、アスリートとしての「わたし」に喪失体験が起こります。大会復帰のゴールは設定したものの、妊娠前の状態に戻すにはどのくらいかかるのか、先行きの不透明さに焦りや不安を抱えやすくなります。また、家族それぞれに新しい役割が加わり、これまでの家族関係が変化することで、ストレスが生じることもあるでしょう。さらに、トレーニングの時間が増えてくると、子どもへの愛情不足にならないかなど、アスリートとしての「わたし」と母としての「わたし」との間で葛藤が生じやすくなります。
しかし、サポート環境が整い始め、本格的に大会に復帰する頃には、妊娠前とは異なる新しい身体感覚や、思い通りに行かない現状を受け入れる心の器、そしてお子さんとともに大会に参加することで得られるリラックス感など獲得体験が増えてきます。この道のりを振り返ると、喪失と獲得体験を通して、母となったアスリートである「新しいわたし」が構築されつつあると感じることでしょう。心理サポートでは、この道中をアスリートと共に歩みます。
競技と子育ての両立は、不確実なものや容易に答えが出ない事態に満ちています。身体や心の変化に真摯に向き合うことはとても重要ですが、できなくなったことより、できるようになったことに着目することが、心の健康を支える秘訣かもしれません。
HPSC Female Sport vol.2より転載(一部改変)
- ニュースレター(PDF)はこちら